労働基準法の抜本改正は、2026年の通常国会への法案提出が見送られ、施行時期は未定のまま審議が続いています。約40年ぶりの大改正として注目を集めてきましたが、2025年12月に厚生労働省が提出見送りを表明し、議論の舞台は労働政策審議会と新設の分科会に移りました。中小企業の経営者にとっては「まだ先の話」に見えるかもしれません。しかし論点そのものは消えておらず、連続勤務の上限規制や勤務間インターバルなど、就業規則や勤怠管理に直結するテーマが並んでいます。本記事では2026年7月時点の最新状況を整理し、中小企業が今のうちに着手すべき実務対応をお伝えします。

この記事でわかること


労働基準法改正、2026年通常国会への提出は見送りに

厚生労働省は2025年12月26日、労働基準法改正案の2026年通常国会への提出を見送ると表明しました。

上野賢一郎厚生労働相は同日の閣議後記者会見で、法案提出について「現在のところ考えていない」と述べています。この方針は朝日新聞・日本経済新聞・時事通信・毎日新聞など複数の主要メディアが同時期に報じました。単なる観測記事ではなく、確定した事実として扱ってよい内容です。

背景にあるのは、2025年10月に発足した高市早苗政権の意向です。高市首相は就任にあたり、心身の健康維持と労働者の選択を前提とした労働時間規制の緩和検討を指示しました。これを受けて厚労省内では議論の仕切り直しが必要になり、当初想定していた法案提出のタイミングがずれ込む形になっています。

筆者が中小企業の経営者と話していてよく感じるのは、「見送り」という言葉だけで安心してしまう危うさです。見送られたのは、あくまで法案提出のタイミング。規制の中身に関する議論は、今も止まっていません。

提出見送りの背景にある労使対立と成長戦略会議

提出見送りの直接的な要因は、労働時間規制のあり方をめぐる労使の意見対立が根深く、決着が見通せなかったことにあります。

時事通信の報道によれば、労働組合や過労死遺族らは裁量労働制の拡大方針に反発しています。一方の経団連は、月100時間未満という過労死ラインの残業規制を堅持すべきだという立場を崩していません。労使双方が譲れない一線を持つテーマだけに、拙速な法案化は避けたいという判断が働いたとみられます。

こうした対立を踏まえ、政府は首相直轄の「日本成長戦略会議」に、上野厚労相をトップとする労働市場改革分科会を新設しました。同分科会は2026年3月11日に第1回会合を開き、5月27日にとりまとめ案を提示、6月2日には正式なとりまとめを公表しています。労働基準法改正の議論は、厚労省の審議会だけでなく、この成長戦略会議側の検討結果も踏まえて進む構図になった点が2026年に入ってからの大きな変化です。

「骨太の方針2026」が示す今後の検討スケジュール

2026年7月21日に閣議決定された「骨太の方針2026」では、労働時間法制の政策対応を夏以降の労働政策審議会で議論すると明記されました。

内閣府が公表した同方針の本文には趣旨としてこう記されています。「心身の健康維持と従業者の選択を前提に、柔軟で多様な働き方を実現するため、労働時間法制等に係る政策対応について、夏以降の労働政策審議会において議論を行う」。具体的な検討項目として次の4点が挙げられている点は、経営者として押さえておく価値があります。

検討項目 内容の方向性
裁量労働制・変形労働時間制の見直し 健康確保と長時間労働防止を前提に対象範囲を再検討
勤務間インターバル・連続勤務規制 制度の法的位置付けと「つながらない権利」を検討
副業・兼業の健康確保 テレワーク活用も含めた健康管理のあり方を検討
36協定(時間外労働の労使協定)の運用見直し 労使合意にのっとった指導の実効性を速やかに見直し

つまり2026年7月時点での位置づけは、「法案は止まっているが、論点整理と審議会での議論は夏以降も継続する」というものです。施行時期は依然として未定ですが、議論の中身を知らずに過ごすのはリスクになります。

中小企業が押さえるべき7つの改正論点

ここからは、経営者や労務担当者が実務レベルで押さえておきたい7つの論点を、現時点の議論状況とあわせて解説します。いずれも法案化はまだ先でも、社内ルールの点検材料として先取りしておく価値があります。

①連続勤務日数の上限規制(14連勤禁止案)

現行の労働基準法では、休日は「週1日以上」か「4週4日以上」であればよく、理論上は最大48日連続勤務が可能な制度になっています。

厚生労働省が設置した「労働基準関係法制研究会」は2024年12月に報告書の最終案をまとめ、2025年1月に正式公表しました。この中で、連続勤務日数に14日程度の上限を設ける方向性が示されています。時事通信は当時、「連続勤務14日以上禁止 労基法改正へ」と報じました。労災の精神障害認定基準で「2週間以上休日のない連続勤務」が具体的出来事とされている点も、規制強化の根拠に挙げられています。

②勤務間インターバル制度の義務化

勤務間インターバル制度は現在「努力義務」にとどまっていますが、法的な義務化に向けた検討が続いています。

労働条件分科会では、EUの基準を参考に11時間程度の休息時間を基本としつつ、最低でも9時間を確保する案が議論されてきました。「骨太の方針2026」でも勤務間インターバルの法的位置付けが夏以降の検討項目として明記されており、義務化そのものの方向性は維持されていると考えてよいでしょう。

③法定休日の特定義務化

就業規則上、法定休日をあらかじめ特定するルールの義務化も論点の一つとして挙がっています。

現状では「週1日以上の休日」を確保していれば、どの曜日が法定休日かを明示する義務はありません。このため休日出勤の割増賃金率(法定休日は35%、所定休日の時間外は25%)の適用があいまいになりやすいという指摘があります。ただしこの論点は本記事執筆時点で、専門メディア各社が労基法改正の検討事項として取り上げているものの、筆者が確認できた範囲では公的な一次情報での明文化までは確認できていません。就業規則の運用実態として先取り点検しておく価値はあるものの、確定事項ではない点にご留意ください。

④年次有給休暇の「通常賃金方式」明確化

有給休暇取得時の賃金計算方法を、原則として「通常の賃金」方式に一本化する方向性が示されています。

現在は平均賃金方式・通常賃金方式・標準報酬日額方式の3種類から企業が選べる仕組みです。労働基準関係法制研究会の報告書は、日給制・時給制の労働者が平均賃金方式や標準報酬日額方式で不利益を受けやすい点を問題視し、通常賃金方式への統一を提言しました。自社がどの方式を採用しているか、就業規則を今のうちに確認しておくと安心です。

⑤週44時間特例の廃止議論

商業・映画演劇業・保健衛生業・接客娯楽業には、常時10人未満の事業場に限り「週44時間」を認める特例措置があります。この特例を廃止して週40時間に統一する方向性が研究会報告書で提言されたと、複数の労務専門メディアが報じています。ただし2026年7月時点の「骨太の方針2026」を確認した限り、この論点の明示的な再確認までは見当たりません。対象業種の事業者は、今後の動向を注視する構えが必要です。

筆者の肌感覚では、飲食・小売など特例対象の事業者ほど「まだ先の話」と捉えがちな論点です。廃止が決まってからのシフト再設計は、繁忙期と重なると特に負担が大きくなります。

⑥副業・兼業時の割増賃金通算見直し

副業・兼業をする従業員について、本業と副業の労働時間を通算して割増賃金を計算する現行ルールの見直しが検討されています。

日本経済新聞の報道内容はこうです。本業と副業の労働時間を通算し、1日8時間・週40時間を超えた分に割増賃金を支払う仕組みについて、厚労省が見直しを検討していると伝えています。労働時間の通算自体は健康確保管理の観点から維持する方向ですが、割増賃金の算定方法を切り離す案が軸になっています。「骨太の方針2026」でも副業・兼業の健康確保が検討項目に含まれており、議論の継続は確認できます。

⑦「つながらない権利」に関するガイドライン策定

勤務時間外の連絡対応を制限する「つながらない権利」について、法制化ではなくガイドライン策定という形での対応が検討されています。

労働基準関係法制研究会の報告書は、業務用連絡への対応可否について労使で話し合うルール作りを促す観点から、ガイドライン整備などの積極的な対応を検討すべきだと提言しました。「骨太の方針2026」でもこのテーマは明記されており、法改正を待たずに社内ルールとして先行整備する余地がある論点です。

施行時期の見通しと「見送り」でも準備が必要な理由

法案提出が見送られた今も、就業規則の点検を後回しにする理由にはなりません。

一部の専門メディアでは、2027年通常国会での提出、2027年4月以降の段階的施行という見通しが示されています。ただしこれは、労働市場改革分科会の議論結果次第で変わり得る現時点の見立てにすぎません。断定的な施行日を前提に計画を立てるのは避けるべきでしょう。

一方で、論点の方向性(連続勤務の抑制、休息時間の確保、副業時の健康管理)はほぼ一貫しています。法案の中身が固まってから慌てて対応するより、方向性が見えている今のうちに社内ルールを整えておくほうが、結果的に負担は小さくて済みます。

中小企業が今すぐ着手すべき実務チェックリスト

法改正の行方を待つ間にも、経営者として着手できることは少なくありません。次の表を目安に、自社の現状を点検してみてください。

チェック項目 確認内容 優先度
連続勤務日数の実態把握 過去半年でシフト表を確認し、10日以上の連続勤務者がいないか洗い出す
勤務間インターバルの試行 全社導入が難しい部署から、9〜11時間の休息を試験的に確保する
法定休日の就業規則明記 就業規則で「法定休日は◯曜日」と特定できているか確認する
有給休暇の賃金計算方式の確認 現在の計算方式(平均賃金・通常賃金・標準報酬日額)を確認する
副業・兼業者の労働時間管理 申告制の運用状況と本業側の労働時間データの突き合わせ体制を確認する
時間外連絡ルールの整備 勤務時間外のチャット・電話対応について社内ルールの有無を確認する

まずは自社の就業規則と実際のシフト運用にズレがないか、確認しましょう。特に連続勤務の実態把握は、労基署の調査対応という観点でも優先度が高い項目です。

社内だけで判断がつかない場合は、顧問社会保険労務士に現行制度との整合性を確認してください。就業規則の改定履歴が古いままの企業ほど、実務とのズレが大きくなりがちです。棚卸しの手間を惜しまないことが、後々の近道。

よくある質問(FAQ)

Q1. 労働基準法の改正案はもう廃案になったのですか?

いいえ、廃案ではありません。2026年通常国会への提出が見送られただけで、労働政策審議会や労働市場改革分科会での議論は継続しています。法案自体が撤回されたわけではない点にご注意ください。

Q2. 施行時期はいつ頃になりそうですか?

2026年7月時点では確定した施行時期はありません。一部メディアは2027年以降の提出・施行を見通していますが、労使協議の進捗次第で変動する可能性があります。確定情報が出るまでは断定を避けて社内共有するのが無難です。

Q3. 中小企業は何から手をつければよいですか?

まずは連続勤務日数の実態把握と、法定休日の就業規則への明記から始めてください。いずれも法改正を待たずに自社の判断で着手できる項目です。

Q4. 週44時間特例が廃止されたら、どんな業種が影響を受けますか?

商業・映画演劇業・保健衛生業・接客娯楽業のうち、常時10人未満の事業場が主な対象とされています。ただしこの論点は2026年7月時点で法制化が確定した情報ではないため、対象業種の事業者は今後の審議会の動向を継続的に確認してください。

Q5. 副業・兼業者の労働時間管理は今すぐ変える必要がありますか?

現行ルールが変わるまでは、本業と副業の労働時間を通算して割増賃金を計算する現行の仕組みを維持する必要があります。ルール変更に備えて、副業申告の運用体制を今から整理しておくと安心です。


今後の審議会の動きは、厚生労働省や内閣府の公表資料で継続的に確認してください。社内の勤怠システムやシフト管理の仕組みが、今回取り上げた7つの論点に耐えられる設計になっているか、この機会に一度棚卸ししてみましょう。

参考情報源